30年来の不要なモノが手元から離れていった。
20230816
思いがけなく引き取った、というか、引き取らざるしかなかった、30年来の不要物が、ようやく手元から離れていって、心底スッキリした!
不燃ごみ回収日に、家人に見つからないように、こっそりゴミ集積所に出しておいたら、午後になって消滅していた。
30年間で使った回数は、私の記憶では来客時に3回程度だ。ふだん使うようなモノではなく、それにしては専用箱に入れるとかさばり、重量もあり、いかにも戦後昭和の「中流」の上流への憧れと上昇志向と見栄っ張りを象徴するようなモノだったので、ここ10年くらいは、ビニール袋で二重につつんでガレージの棚の奥に突っ込んでおいたのだ。
今回、ガレージの片づけをした際に、思いがけなく発掘し、今後も使うこともないので、ひっそりと不燃ごみに出した。
「No」と言えない年下の弱者に「あげる」ことほど、お手軽な行為はない。自分で買ったモノを捨てるには、「買うのにいくらおカネを払った」とか、そのモノにまつわる思い出とか、捨てる際の罪悪感を、自分の中で処理しなければならないが、「No」と言えない年下の弱者に「あげた」ら、本人は、そうい心の中の処理コストを、その弱者に丸投げで転嫁できるものね。卑怯だよね。卑劣だよね。
だから、当時「No」と言えない年下の弱者だった私は、もはや人の心はとうに失われたので、30年後には平気で捨てるよ。人から押し付けられたモノは平気で捨てるよ。本来であれば私がやることではない、誰かの「捨てる」という行為を肩代わりするためには、人間ではいられない。私は鬼になった。鬼になりたくて鬼になったのではない。誰だって鬼なんかになりたいものか!私を鬼にした奴らを、私は恨み続ける。
自分のケツは自分で拭けよ!
私は、自分がイヤなことを、「No」と言えない心優しい次世代に押し付けるような、卑劣な卑怯老人だけには、絶対になりたくない!
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今日も、私が目指す、溜めすぎるな!の方向性を今一度確認する。
モノについて
モ@ もらったモノは、基本的に捨てる。